2009年11月30日

35年後の幻

早くも11月は今日で終わり…今月もあっちゅーまでした。
仕事が忙しかったのは最初の1週間だけで、あとは比較的気楽にやってたのですが、今週末に迫った駅伝の練習が本格化して、仕事の後の時間が取られるわ、肉体的な余裕も取られるわ、で大変でした。忘年会の準備とかもあったし。

てなわけで、今月もほとんど更新できず…この記事で4記事め。先月に最低記録を作ってしまったので、今月はせめて上回ろうと…とはいえたった1つだけでしたが。
…と、こんな感じで始めると、いかにも「月記」みたいな感じもしますが、今日は違います(甥)。「月記」もずいぶん溜まってるのですが、しばしお待ちを…。


で、いくつか書きたい中身も溜まってるので、その中から少しずつ…今日もその1つ。
…忙しい中でも、11月も結構いろいろ出歩いたりしているのだが、2週間ほど前の11/15の日曜日には、大阪をすっ飛ばして日帰りで姫路へ。

姫路といえば、デジフォト2年めの合宿で姫路城や書写山に行ったのが思い出されるが、最後に行ったのはたぶん2007年4月のこと…もう2年半以上も前の話。
その時は、姫路駅の西側から今なお残る「姫路モノレール」の廃線跡を辿っていた。

それ以来の姫路訪問、今回の目的も…姫路モノレール(甥)。
…ただ、前回訪れた「廃線跡」には立ち寄っていない。今回向かった先は、終点だった手柄山駅跡。現在も「緑の相談所」として一部利用されていることもあり、前回訪問時も建物は存在していたが、駅部分には入れず、また駅付近の路線跡が撤去されていたために行かなかった。

そんな手柄山駅跡に、今回向かったのにはもちろん理由がある。
…それは2008年のこと。一般公開を念頭に、手柄山駅跡の建物が耐震工事を受けることとなった。この時点で既に「今後への期待」は膨らんだのだが、その工事を行う過程として、一日だけの「先行公開」が行われた。

姫路モノレール1

もともと4両の車両が在籍したという姫路モノレール。このうち一般公開されるのは2両だけとなるが、手柄山駅の検修庫に眠っていたこの2両の車両を、展示場所となる旧ホームに移す準備工事の途中のこの日に、1両が屋外で展示された。考えてみると、今回の展示は空前絶後と言っていいほどの「幻の展示」。

再来年以降を予定している一般公開では、駅舎内のホームに沿った形で展示されるのだが、この耐震工事にあわせて駅舎内に水族館を併設するような形になるため、車両は駅舎に閉じ込められてしまう。そうなると、屋外で車両を見ることはもうできない。当然、営業運転していた頃は外を走っていたが、それから35年…ただ1回の屋外展示と言えそうだ。

そんな展示会には実に多くの人が訪れていた…特に2度だけ設けられていた車両を移す工事の説明の時間には、会場の広くない通路で身動きが取れないほど。
また、「緑の相談所」こと手柄山駅跡では、コンコースとして使われていたフロアに、当時の写真や姫路モノレールゆかりの品が展示されており、こちらも賑わっていた。

僕自身、もともとこの日には予定が入りそうだったのだが、幸いにもその予定はなくなり…そうなったら姫路に行くっきゃない。行きは新幹線で、帰りは近鉄特急で。
…いやぁ、実際に見て非常に感激した。大阪万博を知らない世代としては、万博にも通じるようなモノレールの車両の佇まいを見れたことは非常に意義深い。

35年もの長い間、ずっと駅跡に眠っていたことになるのだが、たしかアルミ合金製という車体だったからこそ、大きな腐食もなく美しい姿を見せてくれたのだろう。当時はおそらく解体費用をケチっただけだろうが、ここまで長く眠っていると、これは立派な「遺産」といえそうだ。そんな「遺産」の公開に踏み切った姫路市には感謝をしたい。

そんな感謝とともに…。次は大将軍駅とか公開してくれたらいいなぁ(甥)。


posted by Jim.A.K at 23:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

日本木扁紀行・番外編「森」

いろいろ慌しすぎる毎日を送っている間に、とうとう11月も最後の「木」曜日…。

「木」曜日といえば…あのコーナー。先月「最終回」とかあったし、そもそも今月のこの更新ペースとかを考えると、先行きもずいぶん不透明かもしれませんが。
…そんなこと気にせず、今月も「木」曜日に更新します5周年企画の「日本木扁紀行」。

とはいえ、先月「最終回」を迎えたのは紛れもない事実(甥)。
なので、今月・来月と「番外編」としてお届けいたします。まずは「森」。
…なぜ「林」が本編で「森」が番外編なのか、というご指摘を受けそうですが。

だって…「森」は木「扁」じゃないもん。
…辞書とかで調べる時には、「木扁」と扁じゃない「木」が混じって載っているので、このNKKでも取り上げてみるけど、タイトルに「日本木扁紀行」と入れたからには、文字が左右で分かれて「木扁」をアピールできてこそ本編で、それ以外は番外編というわけ。

…と、こんな長々とした説明は置いときまして。今回は「森」です。
「森」といえば…「いかめし」で有名な北海道のあの駅を思い浮かべてしまいそうですが、第9回同様に予算の問題で訪問できず。でもって、「楓」と違って過去に訪問したこともないので…今回はパス。まぁ、番外編なのでいいでしょう(甥)。

というわけで、今回紹介いたします駅は…?

番外編:水間鉄道「森駅」

NKK森1

大阪府貝塚市森にある、水間鉄道水間線の駅。地名に「森」がついているだけあって古くからの地名としてあるようで、駅の近くには森神社という神社もある。
…ちなみに、貝塚市の木は「カイヅカイブキ」らしい。まぁ、そもそも「森」は木の名前じゃないけど。

NKK森2 NKK森3

(左:森駅入口、右:森駅ホーム上)

今までこのNKKでは、無人駅を紹介することが結構多かったが、今回も無人駅。ただ、路線長わずか5.5kmのローカル私鉄の駅であることを考えると、無人駅であっても仕方がないのかもしれない。ちなみに、水間鉄道では合理化のためか、今年6月のPiTaPa導入にあわせてワンマン化されている。

NKK森4 NKK森5

(左:森駅前の様子、右:ホームの様子)

森駅には特に改札はなく、坂を上ってそのままホームに入るという形。駅前には駐輪場が設けられており、その先に細い道が通っており、ちょうど交差点になっている。なお、森駅の周辺は主に住宅街になっているが、ところどころ工場が点在している。

NKK森7 NKK森6

(左:駅前の交差点より、右:駅近くの踏切より)

森駅は1面1線の構造…当然、貝塚行き、水間観音行きとも同じホームを利用するわけだが、ワンマン化実施に伴い乗降時のドアが指定されたため、ホーム上にはそれぞれの方面に合わせた乗車位置が明記されている。あと、精算は全て車内で行うため、ホームにはPiTaPa用のカードリーダーなどは設置されていない。

NKK森8 NKK森9

(左:ホームの様子、右:中央付近に小さく三ツ松駅が見える)

水間鉄道は5.5kmの路線長ながら、起終点あわせて10駅と非常に駅間距離が短い路線であり、貝塚方の名越駅こそ1.1kmと路線中最長の駅間距離を誇っているが、水間観音方の三ツ松駅とはわずか400mしか離れておらず、さらに直線であることから、ホームの端から三ツ松駅を見ることができた。

…世間では「森ガール」というのがはやっているらしいが、今回の森駅では見つからなかった。駅周辺の住宅地は、水間鉄道のローカルさとあいまってのどかな雰囲気を醸し出していたが、「森ガール」のイメージに合うような森は近くになかった。そんな「森駅」でした。


さて、次回の5周年企画「日本木扁紀行」は…また番外編です。ただ、今度こそ本当にラスト!どうなることやら…?


posted by Jim.A.K at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | NKK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

箱根旅行補遺(後)

先月中盤の箱根旅行の様子の後編です。前編だけで収まりきらないので「残りはまた次回」とか書いたのですが、その「次回」にたどり着くまでにまた2週間も経ってしまいました。仕事自体は忙しくなくなったものの、駅伝の練習とか室の忘年会の準備で忙しく…駅伝の方は疲れも残るし。そんな感じでなかなか時間がとれず…すみません。

とりあえず更新したいネタは手頃にあるので、残りわずかの今月もいろいろ更新していきたいのですが…余力しだいということでお願いします(甥)。あ、あのコーナーは更新する予定ですけど。
…と、話がそれそうなところでちゃっちゃと後編を。もう1か月半前ですけど。


・10/11(日)

前日の反省もあり、この日は少し朝飯を早くして、9時半くらいに出発。再びホテル近くの駅からロープウェーに乗るが、前日とは逆向きに乗り…桃源台へ下る。そして桃源台から、これまた小田急陣営の「箱根海賊船」に乗船…これまた「箱根フリーパス」で乗り放題。

この「箱根海賊船」は桃源台〜箱根町〜元箱根〜桃源台と、芦ノ湖を遊覧する船。芦ノ湖上では、別に西武陣営の「芦ノ湖遊覧船」も走っているが、「箱根フリーパス」の効果か、心なしか「海賊船」の方が人が多かった気がする。この日も乗船前には桃源台港で結構な行列ができていた。

桃源台港から箱根町港まで約30分…天気も手ごろで風も気持ちよかった。で、箱根町港で下船して、箱根関所跡に向かう…「天下の険」とも称されるほど険しい箱根だが、江戸時代には厳しい厳しい関所が設けられており、その建物が復元されて公開されている。また、近くには「関所資料館」もあり、さまざまな収蔵品とともに関所の歴史を知ることができた。

関所跡+資料館を見学したあと、団子を食べて休憩したり土産物を見つつ、向かった先は…箱根駅伝の往路ゴール地点。毎年正月に行われる箱根駅伝だが、往路の旧ゴール地点と今のゴール地点とも箱根町港の近くにある。今のゴール地点はそんなに幅の広くない道の脇に「ゴール地点」とのしるしが立っている。

実際のテレビではワイドに撮影しているせいか、最後に曲がる信号からゴールまで結構な距離があるように見えるのだが、実際にその場に立ってみると意外にも道幅は狭く、信号からの距離も短かった。ちなみに、旧ゴール地点にはしっかりとした石碑が立っていた。

今のゴール地点の手前の交差点の脇には「箱根駅伝ミュージアム」という、箱根駅伝の歴史を知ることのできる施設もあったのだが、入館料が若干高かったのでやめた。
…で、箱根町からバスに乗って小涌谷駅へ。途中で疲れて寝てた。

小涌谷から電車で強羅へ、そしてケーブルカー、ロープウェーと乗り継いで、前日に行けなかった大涌谷へ。箱根が火山帯にあることを実感できるのがこの「大涌谷」。山肌には硫黄が析出して黄色くなっていたり、水蒸気が噴出してたり…自然の力を目に見える。

また、ちょうど大涌谷は小田原〜芦ノ湖を電車/ケーブルカー/ロープウェーで乗り継ぐ場合のサミットということで眺めもよかった。まぁ、そんな公共交通機関を利用しなくても、普通に自家用車とか観光バスでもたどり着くことができるので、午後4時すぎにもかかわらず人が多かった。ちなみに、車の場合は渋滞がひどいですが。

大涌谷の名物として、山肌から噴出する水蒸気を利用してゆでた「黒たまご」というゆで卵があるようで、ロープウェーの駅からほど近い売店でも売っているのだが、せっかくなので製造している(?)お店まで山を10分くらい登る…軽い散策。ちなみに、その製造元のお店と下の売店の間には、原料(生卵)と製品(ゆで卵)を輸送する小さなロープウェーがあった。

「黒たまご」を食べたあとは、ロープウェーの終便も近いこともあって1駅下りる…。翌日はもうロープウェーを使わないので、最後にこの2日間利用した姥子駅前に飾られている、更新以前に利用されていたロープウェーのゴンドラの写真を撮ったりしていた…ちなみに、今のゴンドラは2007年より使われているようだ。

そしてホテルへ…この日の夕食は再び和食。もちろん2日前とはメニューが違うけど。最後にお土産を買いに行って、翌朝の出発に備える。


・10/12(祝)

道路の混雑を危惧して、とりあえず早く出よう…ということで、朝飯も8時くらいにしようとしたが。ちょうど朝食の最混雑時間帯に重なって、しばらく待つ羽目に…ただ、その間にホテルの中庭へ。ちょうど富士山を見ることができた…「富士見風呂」という名の露天風呂もあるこのホテル。ただ、土曜日曜と曇っていてほとんど見れなかったので、この日はよかった。

この日の予定として、父親と母親は車で大阪に帰り、僕と妹はロマンスカーで東京に向かうのだが、ロマンスカー始発の箱根湯本まで送ってもらうことにしていた。で、ホテル〜箱根湯本の間の1号線の混雑を危惧していたのだが、9時くらいにホテルを出て…たしか30分足らずで到着。早すぎた。

結局、妹と2人で箱根湯本駅の、ホームを見下ろすことのできる喫茶店で特急券をとっていた1時間後の列車まで時間を潰しておりました。ちなみに、僕にとってこの日がロマンスカー初乗車。展望つきの最新鋭ことVSEに乗車。後ろながら展望2列目を取ってもらって堪能してました。妹はさっそく小田原から寝てましたが。

で、ここでようやく当日のこの記事につながるわけです。
…えらく時間がかかりすぎました、すんません。こんな感じで箱根旅行の補遺、終わり。


posted by Jim.A.K at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする