仕事が忙しかったのは最初の1週間だけで、あとは比較的気楽にやってたのですが、今週末に迫った駅伝の練習が本格化して、仕事の後の時間が取られるわ、肉体的な余裕も取られるわ、で大変でした。忘年会の準備とかもあったし。
てなわけで、今月もほとんど更新できず…この記事で4記事め。先月に最低記録を作ってしまったので、今月はせめて上回ろうと…とはいえたった1つだけでしたが。
…と、こんな感じで始めると、いかにも「月記」みたいな感じもしますが、今日は違います(甥)。「月記」もずいぶん溜まってるのですが、しばしお待ちを…。
で、いくつか書きたい中身も溜まってるので、その中から少しずつ…今日もその1つ。
…忙しい中でも、11月も結構いろいろ出歩いたりしているのだが、2週間ほど前の11/15の日曜日には、大阪をすっ飛ばして日帰りで姫路へ。
姫路といえば、デジフォト2年めの合宿で姫路城や書写山に行ったのが思い出されるが、最後に行ったのはたぶん2007年4月のこと…もう2年半以上も前の話。
…その時は、姫路駅の西側から今なお残る「姫路モノレール」の廃線跡を辿っていた。
それ以来の姫路訪問、今回の目的も…姫路モノレール(甥)。
…ただ、前回訪れた「廃線跡」には立ち寄っていない。今回向かった先は、終点だった手柄山駅跡。現在も「緑の相談所」として一部利用されていることもあり、前回訪問時も建物は存在していたが、駅部分には入れず、また駅付近の路線跡が撤去されていたために行かなかった。
そんな手柄山駅跡に、今回向かったのにはもちろん理由がある。
…それは2008年のこと。一般公開を念頭に、手柄山駅跡の建物が耐震工事を受けることとなった。この時点で既に「今後への期待」は膨らんだのだが、その工事を行う過程として、一日だけの「先行公開」が行われた。
もともと4両の車両が在籍したという姫路モノレール。このうち一般公開されるのは2両だけとなるが、手柄山駅の検修庫に眠っていたこの2両の車両を、展示場所となる旧ホームに移す準備工事の途中のこの日に、1両が屋外で展示された。考えてみると、今回の展示は空前絶後と言っていいほどの「幻の展示」。
再来年以降を予定している一般公開では、駅舎内のホームに沿った形で展示されるのだが、この耐震工事にあわせて駅舎内に水族館を併設するような形になるため、車両は駅舎に閉じ込められてしまう。そうなると、屋外で車両を見ることはもうできない。当然、営業運転していた頃は外を走っていたが、それから35年…ただ1回の屋外展示と言えそうだ。
そんな展示会には実に多くの人が訪れていた…特に2度だけ設けられていた車両を移す工事の説明の時間には、会場の広くない通路で身動きが取れないほど。
また、「緑の相談所」こと手柄山駅跡では、コンコースとして使われていたフロアに、当時の写真や姫路モノレールゆかりの品が展示されており、こちらも賑わっていた。
僕自身、もともとこの日には予定が入りそうだったのだが、幸いにもその予定はなくなり…そうなったら姫路に行くっきゃない。行きは新幹線で、帰りは近鉄特急で。
…いやぁ、実際に見て非常に感激した。大阪万博を知らない世代としては、万博にも通じるようなモノレールの車両の佇まいを見れたことは非常に意義深い。
35年もの長い間、ずっと駅跡に眠っていたことになるのだが、たしかアルミ合金製という車体だったからこそ、大きな腐食もなく美しい姿を見せてくれたのだろう。当時はおそらく解体費用をケチっただけだろうが、ここまで長く眠っていると、これは立派な「遺産」といえそうだ。そんな「遺産」の公開に踏み切った姫路市には感謝をしたい。
そんな感謝とともに…。次は大将軍駅とか公開してくれたらいいなぁ(甥)。

